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シュレーディンガーの渚君 R-15

渚くんの性別が女の子だったらIFでカルマくんと。

 椚ヶ丘中学校では成績がすべてだ。逆を言えば、成績さえ良ければ多少のことには寛容で、制服も指定のシャツさえ着用していればその他は問われない。けれど、進学校のステータスとしての制服に意味を見出す者も多く、アレンジは原型を留めたものがほとんどだった。
 その中で、渚は指定のシャツとネクタイ以外は私服を着用していた。上は黒い厚手のベストを、下はメンズのカーゴパンツを。裾は敢えて詰めずに折っている。だぶついた印象が体型から目を逸らしてくれるからだ。
 男子がスカートを履くことはさすがに咎められるが、女子がズボンであることに特に問題はなかった。現に、ファッションとしてパンツを選ぶ女子も居る。
 渚は、男になりたい訳ではなかった。男装をしているつもりもない。ただ──初潮を迎えた頃、性別に嫌悪感を抱いたことがきっかけではあった。スカートを履くことはなくなり、体型を隠す大きめのサイズを選ぶようになり、一人称も「僕」へと変えた。
 女としての自分に嫌悪感はあったが否定するほどでもなく──髪だけはせめてと結った。

 三年になり、クラス落ちをした。そこでは渚を知る者はなく──正しくは二年クラスメイトだったカルマが居たが停学中だ──、そして改めて性別を訊く者も居ない。「男のくせに」だとか「女みたいな」だとか、これらに黙しているだけで相手は都合の良いように解釈をする。渚は嘘は吐いていない。ただ本当のことを言わなかっただけだ。
 そうして渚は、E組で男子として過ごすこととなった。
 担任である殺せんせーも、個人の事情に口を挟むつもりはないのか特に何を言われることもなかった。性別を否定している訳ではなかったから女子としていても構わなかったけれど、根掘り葉掘り過去を抉られるのを避けられたことは正直有り難かった。

「あッれェ、渚君まだ帰ってなかったんだ?」
 日誌を書く手を止め、渚は振り返る。教室の後方、両手に紙の束を抱えたカルマが足で戸を引いていた。
「僕は日直。カルマ君こそ。どうしたのそれ」
 重い音を立て机に落とされた荷を指す。
「殺せんせーからの課題だってさ。チョロせんせーって言ったのマズったかなァ、っていうか器小さいよねせんせ」
 「チョロせんせー」の名称に小さく吹き出して、渚は日誌へと向き直った。『今日の出来事』、赤羽業君が停学から復帰してクラスメイトに──
「ねぇ」
「……っ」
 吐息がかかる距離、耳元にカルマの顔がある。足音もなく忍び寄る、級友の癖に久しぶりに虚を憑かれた。肩を竦めて口を開こうとしたところで、背後から両腕で囲まれ硬直する。
「何で渚君男の子ってことになってんの?」
 女の子なのに、そう言ってカルマは腕に力を込めた。ささやかな、胸のふくらみが当たる位置。
「うん、女の子だよねぇ」
「ちょ、何して……」
 カルマの右手がズボンのウエストを潜る。ベルトで甲を越えず、諦めたのか今度はシャツを引き出している。
「はー、すべすべ。女の子ってイイよねぇ」
「やっ、」
 下から上へ、腹を撫でる。横を滑り胸へと触れた。
「んっ、ふ、ぁ」
「いや渚君これはないよ」
 親指で先端を捏ねて、カルマは一つ嘆息した。
「渚君ブラ付けない派? 確かにちっちゃいけどさぁ。あ、俺赤のチェック柄とか好きだよ」
「き、聞いてなっ、ぃ、たっ」
 きゅうと乳房を掴まれ小さく悲鳴を上げる渚の首筋を、なだめるように口付けカルマは笑った。
「あっは、かわいー。まだ成長途中だもんね、揉んだら痛いんだァ」
 音を立て薄い皮膚を吸う。赤く色付いた痕に満足して、肩へと顎を乗せた。
「俺だけが知ってる渚君か。うん、いいね」
 変わらず胸を撫で回しながらくすくす笑うカルマを、渚は抗議するように頭部で押しやる。
「も、良いだろ。離して、ったら」
「あれ、ヤだった? ごめんね」
 あっさりと、手が引かれてゆく。最初からこうすれば良かったのかもしれない。渚はげんなり息を吐いた。
 乱れた裾を直している間も、カルマの気配は背後にあった。抱きつかれないだけマシだと無視して衣服を整える。
「渚君誕生日いつだっけ? 下着買ってあげようか?」
「いらない」
 素気なく切り捨て、渚は日誌へと向かう。何がツボったのか大笑いするカルマの声も消しゴムで消せれば良いのに、と書き込んだカルマの名を恨めしく睨めつけた。